アンティークマン

裸にて生まれてきたに何不足

「元3億円事件の容疑者」の「元候補者」

     学生時代、東京都府中市清水ケ丘という所に住んでおりました。最寄りの駅は京王線の「多磨霊園」。
 1968年12月10日には、山手線「高田馬場」駅近くの「紙屋」でアルバイトをしておりました。
 仕事の内容は、「畳二枚ほどの大きさのダンボールを運ぶ」というもの。ダンボールは重いです。それに、切り口がカミソリのように鋭いので素手では手が切れる。だから軍手をはめる。軍手ではダンボールが滑る。持ちにくいので余計な力が必要となる。疲れる。軍手を外してしまう。手が切れる…このように、紙屋さんのアルバイトはきついのです。出血サービスしなきゃなりません。

 12月10日、昼休みは、疲れて皆さん仮眠…その時、ラジオのニュースが大騒ぎ…!
 東芝府中工場従業員のボーナス3億円を積んだ輸送車が、偽の白バイ警官にまんまと奪われたという。
「私は、紙屋さんでクタクタになるまで働いて、日当が2千円。偽の白バイ警官は、数時間で3億円。なんなんだ?!」
 この段階では、このあと私の身に、「笑える災難」が降りかかってくることなど知るよしもありませんでした。

 そして…私の家に、刑事が来たのです。なにしに来たのかって?刑事が御用聞きに来ますかっ!
「3億円事件の犯行現場から半径○km以内に住んでいる、18歳~○○歳の男で運転免許証を持っている人全員のアリバイを調べている」とのことでした。
高田馬場の紙屋でアルバイトをしていました」と、答えました。刑事は…
「また、聞きたいことができたら来ますから」と、帰って行きました。

 私は笑いが止まらなかったですよ。20年そこそこの人生とはいえ、刑事に尋問されたのは初めて!嬉しかったです。翌日は、会う人、会う人に…
「3億円事件の容疑者の候補者になったよーっ!」
「本物の刑事さんが訪ねてきたんだよーっ!」
 ヒーローの気分でした。お調子者かつ馬鹿者。テヘヘ!

 毎年、12月10日には、3億円事件の容疑者の候補者になったという過去の栄光を思い出すのです。栄光じゃないだろうって?犯罪とは無縁の暮らしをしてきました。そんな私にとって、あの有名な3億円事件の容疑者の候補者になることができた。(単に府中市に住んでいただけなんですがね)これは、栄光でしょう!犠牲者が出なかったからこんなことが書けるんですがね。
 えっ?3億円盗まれた犠牲者がいるだろうって?保険に入っていたから、大丈夫でした。
 だけど、3億円事件の真犯人、どこでなにをしているんでしょうねえ…?